2001年12月19日水曜日

special4 地質調査(2001年12月19日)

 地質調査、特に一人で行う野外調査は、シンプルなものです。しかし、調査には不可欠なもの、つまり必需品がいくつかあります。調査用具から地質調査とはどんなものか見ていきましょう。
 地質調査では、野外、それも道なき道や沢を遡上することもありますので、行く環境に応じて、必要な装備や服装を整えていきます。野外を歩ける装備をした上で、地質調査に必要なものとして、ハンマー(かなづち)、筆記用具(ノート、えんぴつ)、クリノメーター、ルーペ、地図などがあります。そのほかにも、長年野外調査をやっていると、それぞれの好みや、調査の特殊性によって、さまざまなものが、ポケットやザックの中に入っていきます。
 装備について少し詳しく紹介しましょう。
 ハンマーは、どれでもいいというわけではありません。対象とする地質によって、軟らかい未固結の地層を調べるときは、ハンマーよりスコップが必要です。また、固結していても、やわらかければチゼルハンマーというものを使います。チゼルハンマーは、叩く側は普通のかなづちの同じですが、その反対側が「たがね」のように細く平らになっています。チゼルハンマーは、地層を削ったり掘ったりするのに便利です。一方、硬い岩石を相手にするときは、ピックハンマーというものを使います。チゼルハンマーと違って、叩くほうと反対側は細くとがっています。そして、岩石の標本を取るとき楔(くさび)のようにして使うこともあります。
 でも、地質調査で使うハンマーと一般のハンマーの違いは、その頑丈さです。硬い石を何度も叩くので、大工道具で使うようなハンマーではすぐにダメになります。岩石専用のハンマーがあります。大先輩たちは、登山で使うピッケルをつくっている人に、岩石専用のハンマーを打ってもらったりしていました。現在では欧米の有名メーカーのものを使っている人が多いようです。
 ノートはポケットに入る小さいもの(A5版、B6版程度)をよく使います。できれば、表紙が固いもの(ハードカバー)が、手で持って書くときは便利です。筆記具は、鉛筆が一番使いやすいようです。川に落としても、浮きますし、少々濡れても書けます。私は、最初は鉛筆でしたが、後には、安いシャープペンシルと4色ボールペンを併用していました。
 クリノメーターとは、地質調査に使う特殊な道具です。普通の方位磁石(コンパス)が、その中に入っていています。クリノメーターは、コンパスの役目を果たすのですが、使い方も仕組みも少し違います。普通のコンパスは、北(N)を前に向けると、手前が南(S)、右が東(E)、左が西(W)となっています。しかし、クリノメーターは、北と南は同じですが、右が西、左が東と逆になっています。これは、クリノメーターを向けた方向の方位が、即座に読み取れるようにしているためです。クリノメーターを向けた方向は、N極の指している方向です。それを北から東へ30度(N30°Eと表記)というように、メモリに振られた数字を読むだけで、すぐにわかるようになっています。
 さらに、クリノメーターの中には、自由に振れるもう一つに針がついてます。これは、磁石ではありません。磁石と同じ軸に取り付けられています。クリノメーターを横にしたとき、その傾斜の角度が測れるようにしてあるものです。この針専用の目盛りもふられています。
 このクリノメーターで何をするかというと、地層の構造を記録するのに使います。もちろん、方位を知るためにも使うのですが、地層の走向(そうこう)と傾斜(けいしゃ)というものを測定することが一番の目的です。地図の上で、地層を表現するために、地層の境界面(地層面といいます)を、その地層の構造として記録します。
 3次元空間で一つの平面を表現するためには、2個のベクトルで表記ができます。そのベクトルの方向を、磁北と重力方向(地球の中心に向かっている。つまり下)を基準にして測ります。地層と水平面の形成する線(走向)と、走向と直行する面と地層面の形成する線(傾斜)によって測ることにします。それを、図示することによって、地質図を書いていきます。
 このような走向と傾斜を正確に求めますと、見えない地層の延長も、幾何学的処理(地質図学といいます)によって求めることができます。つまり、点から面へ、面から3次元へと処理を拡大することができます。実際には、地質図は、2次元で書かれていますが、3次元の前提があって、それを2次元で表記にしているだけです。
 調査道具だけでも結構な量になるのに、人里離れたところへ行く時は、キャンプ用具や食料なども一人で運ばねばなりません。でも、今は、そんな秘境のようなところはあまりなくなりましたが、やはり、長期にわたる調査には、多くの物資が必要となります。
 大変なのは、帰りです。調査の結果として、資料(岩石)が増えていきます。普通の登山では、食料のぶんが減っていくので、帰りは、荷物が軽くなって楽になるのですが、地質調査では、一人では持ちきれないほどの、資料をいかにして持って帰るかが問題となります。

・地質調査の達人たち・
 10月に出して以来、久しぶりの「地球のつぶやき」です。
 今回は地質調査について紹介しました。先輩達は、非常に苦労をして地質調査をしていました。それこそ、仙人のような人もいました。逸話ではなく、そのような仙人のような行動を目の当たりにことありました。いくつかの逸話を紹介しましょう。
 北海道の調査、それも日高山脈などの調査は、当時は人家が全くないところで行うのが普通でした。その前提でお読みください。
 普通は、一人で何日も調査に入るということはなかなかできません。でも、ある達人は、米とミソとキャベツ1個で、2週間も一人で調査してきます。当然、食料の多くは、現地調達が前提です。
 ある達人は、昼食時には、常に焚き火をします。それは寒いときはもちろん、暑いときもします。虫よけの意味もあるのですが、習慣になっているのです。そして、素晴らしいことに、どんなに雨が降ってもその習慣は止めないのです。岩陰や、大きな木の根元などで、焚き火をするのです。そして、材料がどんなに濡れていても焚き火をしてしまいます。もちろん雪の上でもです。もっているのはタイラー1個だけです。燃やす材料は、そのへんあるものです。ダケカンバの樹皮や落ち葉を利用して、焚き付けや雪の台にしたりしています。
 もちろんキャンプのときには、焚き火が不可欠です。達人たちの焚き火は、朝でもオキとして火が残っており、朝にはすぐに火が焚けるのです。
 またある達人は、常に昼寝をします。昼に1時間ほど休むのですが、昼食を食べ終わると、すぐにごろんと横になって、昼寝をしてしまいます。そして、30分ほど寝て、また調査をします。体力温存でしょうか。でも、体力が日高山脈のような険しい地域を調査するときには、一番大切なものです。
 ある達人は、昼食時に、弁当を3分の2しか食べません。理由を聞くと、もし遭難したとき、その3分の1で生き延びれるかもしれないと言います。なるほどと感心したことがあります。そして、残りの3分の1は、おやつのようにして食べます。おやつ以降に遭難したらどうするのでしょうか。達人にならって、私は、非常食(カロリーメイト2箱とチューブ入りのコンデンスミルク1本)を、常にザックに入れていました。
 発展途上国や極地(高所、南極、人跡未当地域)などを調査する地質学者は、日本にまだいます。でも、そのようなハードな地質調査をする、あるいはできる地質学者の数は、そんなに増えてないと思います。それは、大学の教育の変化です。このようハードな調査を要求する大学は、少なくなりました。私が学生の頃は、全員が地質調査をして地質図を書くことが、必修でした。たとえそれが、鉱物学の卒業論文でもです。
 そのような能力を求めたのは、就職先の多くが、地質コンサルタントや、石油会社などだったからです。そのような業種は、野外で地質調査をできること、そして海外などの未地のところでも、自分なりの地質が把握できる能力を必要としたのです。でも今は、そのような時代は終わったようです。
 コンピュータや環境アセスメント、野外調査も物理探査やボーリングなどが中心で、道具を使いこなす能力を要求しています。
 さて、今後の資質調査はどう変貌していくのでしょうか。私は、もはや古典的な地質屋さんなのでしょうか。

・月に1回の発行を目指して・
 「地球のつぶやき」は不定期に出すことにしていたのですが、そうするとついつい出すのが億劫になってきます。こんなことになるならと、ほぼ定期的に発行しようかと考えています。目安として月1度程度にしようと思っています。ほぼ定期的ですので、もともとも方針に従い、なにか記念すべきことがあれば出すようにします。
 そして、この「地球のつぶやき」は「地球のささやき」の姉妹版で、「地球のささやき」に載せにくいような内容を中心にしています。ですから、ネタがうまく見つかるかどうかが心配です。
 でも、今回から、はじめてみようかと思います。